うつ病と自分 ⑥転属と起業の話

2018年の初夏のころ、新しいプロジェクトに転属となった。

 

復職してからすぐに入った部署では、ほとんど成果を出せずにいた。

 

私の務める会社にはメンター制度というものがあり、評価者ではない上のランクの人間が下のランクの人間と定期的に面談するのが通例となっていた。そのメンターの人には、わりとざっくりといろいろなことは話していて、会社をやめたいと思う話などもしていた。また、人事部に対しては、いまのチームだと成果が出しづらい状況なことも説明し、面談をしていた。

 

自分のメンターとなってくれている人がリーダーのプロジェクトに誘われるかたちで新しいプロジェクトに配属となった。

 

そこでは、プログラムの開発をメインに行った。

ここでの開発自体はわりと楽しかった。ひとつの仕事の単位があまり大きくはなく、仕事に対するレビューとレスポンスが早いのが良かった。相談しやすい雰囲気ではあったようだ。

 

しかし、ここでも自分の体調はあまりよくなく、定時である朝10時ぐらいに出社できなく、昼頃に出社という日が多かった。このことについては、一度注意されたこともあったが、なるべく社外での用事を減らすことで体力を整えるということ以外できなかった。

 

実際、このころはかなりいろいろなイベントに参加したり自分で主催することも多くなっていた。この数は7月ぐらいから減らし、8月にはほとんど無いようにしていた。

また、仕事も忙しくなり、自分では難しい作業があったりと残業も増えていた。

 

自分の会社では、復職6ヶ月目になると評価があり、自分でプレゼンを行い、その半年の状況について様々な意見を言われる。

そこで、自分は体調面がもう回復しているというような論調で説明してしまったことが評者たちとの認識に乖離があったようで、結構な反発を受けた。

自分はそのことで、落ち込んでしまい体調を大きく崩し4日間ほど長期に休んでしまった。当時の日記を見ると、怒りも感じていて不満を述べている。

 

しかし、今思うと、上司からしてみたら体調も安定せず、昼頃に来たり休みがちな人間を働かせるというのは難しいし大変だったと思う。

自分は、病み上がりなんだから手加減してくれと思っていたが、それも程度の問題があったのだろう。

 

そのプロジェクト自体は、顧客都合で8月末に解散することとなっていた。会社に復帰したところ、次にどこのプロジェクトに行くのかという話し合いをした。9月からは、社内のツールを作成している部署への転属になるという話になった。

 

このように、転属の頻度が早いのも、よくなかったかもしれない。成果を出せないとプロジェクトから出される頻度は早くなる業界の性質もある。

 

このように、自分が成果を出せなくなったことを書くのはとてもしんどい。しかし、自分はこれからまた復帰するにあたり、新しい人間関係、新しい仕事をしていかなくてはならない。そのために、昔の失敗したやり方は避けなくてはならない。そこで頑張るにせよ、ごまかすにせよ、だ。

 

起業した話

この会社でいろいろあったのと並行して、自分はこの時期に物販事業での法人を設立している。今思うと、そんなに軌道にも乗っていない時期に尚早だなと思う。

 

6月ぐらいに、開発の部署に転属する前に自分は「会社を辞めて独立しよう」とある日思い立った。物販のコンサルをしてくれていた先生から、法人を作れば、良い条件で銀行から融資を受けられるということを聞いていたので、やってみようと思った。

それまでは、メルカリがメインであったが、Amazonの方は利益率は低いながら資金をかければ儲けられると考えたためだ。この辺、きちんと試算もテストもなく突っ込んだのは蛮勇が過ぎるといまでは思う。

 

ということで、法人を作り融資を受ける準備をした。

 

法人自体はすぐに設立ができたが、融資を受けるのにはそれなりの期間が必要だった。会社を辞めようという気は、開発の部署に転属になりいったん無くなった。

会社に勤めながら、ビジネスをして、軌道に乗ったらやめればよいと考え直した。

 

このころの自分は行き当たりばったりの行動を繰り返してたいたように思う。会社の仕事でうまくいかないので、そのはけ口を求めていたのかもしれない。

 

実際、法人を作ったあとから会社での仕事が忙しくなり、物販の仕事はあまりできていなかった。自分は結局なにをしたかったのだろう。

 

このころは、

お金を使って、人を集めるイベントもしている。

また、高価なものを人にプレゼントしたりしたりと派手な行動が増えている。

 

躁鬱の、躁状態うつ状態を短い頻度で繰り返していたようだ。

会社員としてはうつ状態、それ以外では躁状態

その、はざまで揺れ動き、確実に精神と肉体は疲労の度合いを濃くしていった。