うつ病と自分 ③休職中(前半)

2017年9月頭、会社に休職届を出して、休職を開始した。

 

医師からはまず1ヶ月の休養の診断書を出されていたが、その後さらに2ヶ月、さらに2ヶ月、もう1ヶ月と計6ヶ月の休職をすることとなった。

自分の会社では、休職できる期間が入社年数に応じて決まっており、自分の当時の年次では6ヶ月休職できることになっていた。その一杯まで休んでいたことになる。

 

さて、とにかく休めと言われたので、何をしようか。

自分は、当時ゲームが好きだったので(いまもやるが、それほど集中してやらない)気になっていたゲームを買い込んで、かなりやりこんだ。

そのときやっていたゲームは、ニーアオートマタ、ペルソナ5バイオハザード7、サイコブレイク2、フォールアウト4など。一部は、ある実績を解除することで獲得できるトロフィーコンプリートなどもした。とにかく時間はあったのだ。

 

昼夜逆転はあまり気にしなかったし、夜間に活動することのほうが多かった。自宅が会社の近くにあり、生活圏がかぶっているため、会社の人に出会うのを避けたいという気持ちもあったのだと思う。

 

この期間は、実家に10日間など長めに帰ったりしている。しかし、実家では家事は家族がやってくれるかわりに、やることがなくて手持ち無沙汰になる。携帯ゲームなどでは限度がある。また、昼夜逆転を親から指摘されたりするのも煩わしかった。

 

今振り返ると、そのように普通の人が寝静まっている時間に自分の好きなことをして過ごす時間は、回復によかったようである。

 

当時の日記を見ると、通院以外に引きこもっていたのは11月中旬ぐらいまでで、12月に入ると高速バスで静岡旅行にでかけたり、ジムやコワーキングスペースに通い始めている。うつ病のリハビリには、図書館通いがよいとされているが、自分は図書館があまり居心地がよくないのとネット環境が整っているコワーキングスペースのほうが何をするにも作業もはかどりやすいと考えたからだ。

 

そのころは、自炊もけっこうな頻度で行っており、身も心も健康になっているようなのがわかる。さらに、年末には仕事で役に立つように、技術を向上させるために3ヶ月程度の期間のプログラミングのオンラインスクールにも入会している。また、ドメインを自分で取得してブログを開設し、ツイッターアカウントを新しく作って運用を開始している(このアカウントをその後メインで使うようになる)。

 

このときは、本当にいろいろなことに手をだしている。今思うと、うつ状態からの反動だったのだろう。そのときの自分の認識は「もう回復しているが、せっかく休みが取れているのでやりたいことをどんどんやろう」というものだった。本当はもう少しセーブしておいたほうが良かったかもしれないが、今となってはどちらが良かったのかはわからない。

また、やりたいことと思ってはいたが、自分の本当にやりたいことはなにか、というより遅れを取り戻そうという意識が強かったようにも思う。

 

自分は「~せねばならない」という気持ちを「~したい」にすり替える認知の傾向がある。これは、おそらく自分がうつ病に至る原因の主たるものではないかと思う。この傾向は今ももちろんあるので、これを向後は変えていかねばなるまい。

 

年末には実家に帰った。年越しそばを食べて、紅白歌合戦を見て、雑煮を食べた。

年が明けると、地元で一番大きい社格の高い神社に行き、朝6時ぐらいから行列に並び5000円ぐらいを払って祈祷を受けた。病気という「厄」を払い、本当に新しい一年にしたいという気持ちだった。おみくじも大吉であった。

 

「今年はうまくいくぞ」そんなふうに思っていた。