うつ病と自分 ②休職開始

うつ状態」の初診を経て、休職することになった。

 

そこからは急展開だった。

診断されたその日に、別の場所にいた上司にとりあえず電話連絡した。夕方の4時ぐらいだったと思う。そこで、

 

「処遇については追って連絡するので、とりあえず今日は帰って休むように」

 

と言われる。社内の打ち合わせの予定などもあったが、ひとまずキャンセルして、自宅にて待機していた。

夜に上司から連絡があった。

 

「週明けて月曜日から休職とすること」

「あとの心配はいらないので、休養に専念すること」

 

と言われる。そのとき、自分は申し訳ない気持ちになり少し泣いた。上司の言葉はだいぶ優しかった。が、それが自分には少し辛かった。

 

その週末の土日は予定があって、それはキャンセルはしなかった。全く動けないという状態ではなかったからだ。

 

土曜日は、カウンセリングの講習があり、そこでのワークで自分がいま「うつ状態」であるのを診断されたこと、休職することになったことを話した。

こんなことを話すのには少し迷ったが、そこでの仲間に信頼感があったことと、カウンセリングの題材としていいのではないかと思ったので話した。

終わったあとに優しい声をかけてもらい、帰宅後にも嬉しいメッセージをLINEでもらった。そのことには今も感謝している。

 

日曜日は、一昨年亡くなった祖母の法事があったため神奈川の実家に帰った。

親に話すのは少し躊躇した。しかし、法事後にカフェに入ったときに話すことにした。

 

「ちょっと話したいことがあるんだけど」

 

と言いかけると、母親がなぜか少し嬉しそうな表情をした。多分、なにかいいこと(婚約とか結婚とか)を期待したのだろうと思う。期待を裏切って悪かったなと思っている。自分の家族は、父親と姉が鬱で休職していたことがあるが、自分はうつ病になるタイプではないと思われていたため、母親は結構驚いたようだ。

うつ状態であることを話し、予定はしていなかったがその日は実家に泊まることにした。

 

実家に帰ってもすぐに東京の自室に帰るのが通例だったが、この日は珍しく「だれかと居たいな」という気持ちだったのだ。

 

実家に帰って一泊した月曜日、言われた通り会社を休み実家の近所を散歩していたとき(床屋に行った帰りかもしれない。この辺は記憶があいまいだ)、会社の人事部のFさんから休職手続きについての案内の連絡が来る。翌日の火曜日に会社に貸与PCと診断書を持って行くこととなる。

 

次の日の火曜日、診断書を持って出社した。体調面を考慮して、時間を午後に設定してもらった。休職の手続きをFさんと社内web上で行い、PCを返却してから診断書を渡し、正式に休職することとなった。

 

「とりあえず暇になったなあ」と思ったので、会社を出たその足で渋谷に行き、気になっていたが忙しくてできなかったゲームソフトを何本か購入した。たしか、ペルソナ5とニーアオートマタだったと思う。

 

こうして、自分の休職生活は開始した。

 

そのときの自分の心境はどうだったろう。当時の日記にはこんなことを書いている。

 

金曜日に心療内科で、「うつ状態」という診断を受け、診断書を出された。上司にすぐ相談して、月曜から会社を休むことになった。
元気、とはとてもいえないけど、死にたいとかは思わないし食欲もあるので、大事ではない。と思いたい。
もともと用事もあったので、そのまま実家に泊まっている。 

 

この、うつ状態は、自分自身が望んだことだと思った。診断名は、社会的な名前をつけただけで、これは自分自身なのだと思う。

 

そのときは、素直に、自分がうつ病であることを認めていたようだ。

自分自身の性格や傾向において、うつ病当然の帰結のような気がしていた。その名前のなかった自分自身の傾向に病名として名前がついたようだった。

 

ある種、ホッとしたところもあるかもしれない。苦しさの理由がわかったからだ。

 

ただ、苦しさというものは、原因がわからないことも苦しいが、原因がわかってもそれを取り除けなければ苦しさは減るどころか増えていくものだ。

 

そのことに、自分はあとからだんだんと気づいていくことになる。